Dr’sメール 健康な高齢者の障害のない生命予後の改善に低用量アスピリンが及ぼす効果
2019/04/25
名古屋第二赤十字病院 顧問
医療法人順秀会 副理事長
メディカルパーク今池 健康管理センター院長
平山 治雄先生
Effect of Aspirin on Disability-free Survival in the Healthy Elderly
ASPREE investigator group,NEJM. September 16, 2018,1-10
健康な高齢者の障害のない生命予後の改善に低用量アスピリンが及ぼす効果
名古屋第二赤十字病院 顧問
メディカルパーク今池 院長
平山治雄
【背景】高齢者の他人の手を借りない健康寿命の期間を延ばすためのアスピリンの使用に関する情報は限られている。 健康な高齢者が5年間の毎日の低用量アスピリン療法を続けることで障害のない生活を延長しうるか否かは不明である。
方法
2010年から2014年まで、私たちはオーストラリアと米国の地域居住者―米国では70歳以上(または黒人とヒスパニック系の65歳以上)で、心血管疾患、認知症、または身体障害、を持っていない人達を登録した。参加者は無作為に1日に腸溶錠アスピリン100 mgまたはプラセボを服用するように割りつけられた
主要評価項目は死亡、認知症、または永久的な身体障害の複合とした。二次エンドポイントはこの論文の主要エンドポイントの個々の構成要素と大出血とした。
結果
平均年齢74歳の合計19,114人が登録され、そのうち9525人が無作為にアスピリン群に割り当てられ、9589がプラセボ群に割り当てられた。参加者の56.4%が女性、8.7%が白人ではなく、そして11.0%が以前定期的なアスピリン使用歴を有していた。この試験は、アスピリンを続けても主要評価項目の効果が得られないと判断された時点、追跡期間中央値4.7年で終了した。
死亡、認知症および永久的な身体障害の複合エンドポイントの発症率は,アスピリン群で1000人年当たり21.5件であり、プラセボ群では1000人年あたり21.2人であった。(ハザード比:1.01;95%信頼区間[CI]、0.92から1.11。 P = 0.79で有意差なし)。担当者の順守率
試験参加の最後の年の服薬順守率はアスピリン群で62.1%、プラセボ群で64.1%
であった。
アスピリン群とプラセボ群の差は二次的な個々のエンドポイントー何らかの原因による死亡(アスピリン群で1000人年あたり12.7件、プラセボ群では1000人年当たり11.1)、認知症と持続的身体障害に関して有意ではなかった
大出血の発生率はアスピリン群の方がプラセボ群より高かった(3.8%対2.8%;ハザード比1.38; 95%CI、1.18〜1.62; P <0.001)。
結論
健康な高齢者におけるアスピリンの使用は、5年以上の障害のない生存期間の延長をもたらさず、プラセボよりも高率に大出血の合併症をもたらした。
【解説】
2000年台に、心脳血管疾患の再発抑制にアスピリンの有効性を示す論文が多数報告され、2008年にBergerらは低用量アスピリンは安定した心血管病変罹患患者の、全死亡、心血管死、非致死的心筋梗塞、非致死的脳梗塞を有意に減少することを報告した。一方、大出血は低用量アスピリン群でプラセボよりも有意に増加するが、心血管イベントを有意に減らす有用性の方が優ると評価された。(Low-dose aspirin in patients with stable cardiovascular disease: a meta-analysis. Am J Med 2008; 121: 43-9)この論文で、心血管イベントの再発抑制を目的とした低用量アスピリンのエビデンスは確立されたと言って良い。しかしながら、その後低用量アスピリンは初発抑制にも有効であろうとの期待から、初発抑制を目的として多くの患者に低用量アスピリンが投与されるようになった。
低用量アスピリンの初発抑制効果を検証した研究は少なく、本邦において2005年3月から2007年6月まで登録された60~85歳のアテローム性動脈硬化症のない外来通院者で,血管イベントの危険因子(高血圧,脂質異常症,糖尿病)保有者14,464例をProbe法にて2012年5月まで追跡したJPPP研究が実施された。(Ikeda Y et al: Low-dose aspirin for primary prevention of cardiovascular events in Japanese patients 60 years or older with atherosclerotic risk factors. a randomized clinical trial. JAMA. 2014; 312: 2510-20.) その結果は、動脈硬化の危険因子を有する高齢者に低用量アスピリンを投与しても初発抑制効果は得られず、消化管の有害事象が有意に増加した。
今回の論文はRCT法を用いており、研究精度はJPPPよりも高く、JPPPと同様の結果になったことから、動脈硬化の危険因子があるだけではアスピリンを投与するメリットは無く、大出血の危険を増すだけとなることのエビデンスが確立されたと言える。
また、アスピリンとクロピドグレルを比較したCHARISMA研究(Clopidogrel and Aspirin vs Aspirin Alone for the Prevention Of Atherothrombotic Events) N Eng J Med 2006.354.1706-17があるが、これも再発抑制においてのみクロピドグレルはアスピリンよりも有意に心血管イベントを抑制するが、初発抑制では有意差は見られなかった。アスピリンよりも遙かに高価なチエノピリジン系の薬物を初発抑制に用いることも厳に止めるべきであろう。